Ads by Google

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

森の中

モザイク.1

山スキー

14++.jpg

写真を整理していたら出てきた昔の写真ww



場所は、志賀高原・岩菅山です。



履いているのはゲレンデスキーではありません。



山スキーといって、登るときは板にモヘアという滑らないシールを貼り、かかとが浮くビンディングを装着します。



下るときは、シールを剥がして、ビンディングを固定します。




立山

2694.jpg

9月21日、紅葉の立山・雄山。


左端に、ちょっとだけ剱岳が頭を出しています。




2658.jpg

反対側は、五色ヶ原から薬師岳。

遠く、黒部五郎岳や笠ヶ岳の姿も・・・






御来光

2363.jpg


8月4日、午前4時58分。
鹿島槍ヶ岳の左肩から太陽が昇りました。

立山連峰・内蔵助山荘前より


落日・奥大日岳

内蔵助落日+


立山・剱方面にこもっていました。

映画『剱岳 点の記』の影響で、剱の山小屋は満杯状態ww

こりゃ、今年の遭難者は多いと見た・・・・
 
 
写真はガスがかかった真砂沢のカールの向こうに沈む夕日。

ちょうど奥大日岳へと消えていった。



西方浄土・・・・・

 




梅雨が明けない・・・

関東地方はとうの昔にあけたんだけど・・・このところ曇りだったりときどき雨だったり

でも、北アルプスはまだまだなんだよね。

長野県地方はあけたんだけど稜線を挟んだ富山県、岐阜県が明けないもので、ライブカメラで見ても曇り空ばかり・・・

剱岳と黒部源流に入る予定なんだけど、いつになることやらです・・・

剱は映画のせいですんごく混んでるかも・・・・

やだなぁ・・・




オタマジャクシが降ってくるわけ

石川県七尾市中島町の「中島市民センター」周辺の約300平方メートルにわたってオタマジャクシ約100匹が降ってきたとニュース。

今朝のワイドショーでも取り上げていた。コメンテーターやMCがなんだかんだと言っていたけど、イタズラとしてオタマジャクシを降らせることなんて簡単じゃんww
って思っただけww
 
 
なんのことはない気球につけて飛ばせばよい。
途中で落ちるよう工夫すれば、すぐできることだ。
 
3、4通り考えたが、まだ実験していないので、成功するかどうかww

あ(゚ロ゚、東京にオタマジャクシが降ってきても、オレのせいではないですよw
 
 

 
 
 
 
 
 

さくら






SC2003.jpg


サクラって、どーしてきれいなんだろ・・・・
(ひとりごとww)


サムライジャパンと北朝鮮

サムライじゃないってゆーのに、サムライジャパン、まだテレビなんかで言われていますね・・・

そういう名前にしたんだからいいじゃないかっていう声も聞こえてきそうだけど、それって、北朝鮮と似ていませんか?というお話です。

北朝鮮、正式な国名は、「朝鮮民主主義人民共和国」です。

でも、民主主義でも人民共和国でもありません。
合っているのは「朝鮮」だけ。

実情から見る国名は、「朝鮮独裁将軍帝国」でしょうか。

ミサイルもそうww

すごく似ています(笑)
 
 
 

■解約しましたww

アメリカのAIGの賞与支給問題。
まったくふざけんじゃないよ、ってことで、本日、米AIGの子会社であるアリコジャパンの契約を解除しました。
 
AIG本社の契約者は、AIGを解約するでしょう。
すると、子会社である日本のアリコもやばくなるw

早めの撤退が得策と見ました。

電話に出た担当者、一生懸命引き留めようとするんですけどねww
アリコの経営状態は健全で、倒産しません、とか。

どこの世界に、「我が社は倒産しそうです」と顧客に言う会社があろうかw
つぶれる寸前まで「倒産しません」と言い続けるのが世の中です。

オレに、そんなこと言う前に、本社に「バカなことをするんじゃない」って言わなくちゃ(笑)

 AIGがつぶれちゃうと、世の中、ますます不景気になるのはよくわかるんだけど、だからといって、助けたくはないんだよね。


これって、紀香の離婚とどこか似てる???www
 


■サムライ 日本

最近よく耳にするイヤな言葉ww

「サムライ にっぽん」

なんで?? 

その昔、イラクに派兵された国防軍の司令官曰く
「サムライの国から来たものとして云々・・・」

わりー、オレ、先祖代々百姓だから


封建主義国家の役人を応援できませぬ。

しいたげられてきた者として


江戸時代、日本人の九割以上が百姓だったと聞いたことがある。
一割にも満たないサムライ。
ま、そういうこと考えるようぢゃ、世の中に適応しないということなんだろうな(オレww)(笑)

そうそう、サムライ日本の野球選手たちよ!
サムライと言われたいなら、チョンマゲを結ひたまぇww


■卵の側に立つ

村上春樹氏がエルサレム賞の授賞式で行った講演、ひさびさに感動した。

報道をテレビで見たとき、翻訳が各局違っていたので新聞をチェックすると・・・共同ともう一社の配信らしく、一般紙もスポーツ紙もほぼ同じ内容。
テレビでは局により講演内容の抽出部分が異なっていたので、どうしても全文が読みたかった。にもかかわらず、新聞のこの体たらく・・・・

で、今日、やっと全文の翻訳を見ることができた。

硬くて高い壁があって、そこに卵が投げつけられていたら、いかに壁が正しく卵が間違っていたとしても、私は卵の側に立つのです。


イスラエルの新聞では、講演内容の全文は掲載されず、たとえば以下の部分などがなかったりしたそうだ。

高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。

実は村上春樹の本は一冊も読んだことがなかった。

さて、どれから読めばいいのか・・・『ノルウェイの森』は・・・正直、読みたくない。
本が厚すぎる・・・・・(笑)

■霞ヶ関官僚の「渡り」

最近、ちょっと世間を騒がせている霞ヶ関官僚の「渡り」。
2月1日、日テレの『番記者』で水産庁長官で退職した農水官僚の渡りを取り上げていた。
なにげに見てると、知ってる人だったww
東大法科卒。水産庁長官で退官ということは、次官になれなかったと言うこと。
当時としては、農水官僚のナンバー2だった。

Sさん!!!
へー、渡りを繰り返して、この20年で3億円も収入があったんだぁ、とぶっくりww
 
レポーターは、彼の自宅まで取材・・・・
曰く「高級住宅街に住んでいます・・・」
あたかも、退職したあとの渡りで手に入れた家というような口調だったけど、彼は役人時代から田園調布に住んでおりマスタww
ま、もともとお金持ちなのです、彼はww
 
ダメぢやんww 
きちんと取材しなくちゃ(`◇´)
 

nakazuri.jpg

アエラの中吊り広告にも載ってマスタww
(緑で囲んだ部分w)

■朝青龍と弱者

朝青龍が優勝した。
悪態ついて、やり放題して、でも、優勝した。
絶賛する人、それでもまだ朝青龍に品格を求める人、さまざまだが・・・
朝青龍と同じように悪態ついた、あの亀田一家まで思い出された。

小泉内閣のあたりからだろう・・・強ければいい、勝てばいい、カネさえあればいい・・などという風潮がまかり通るようになった。
その結果が、最近の弱者切り捨てである。

こうした光景を目にするたび、ある歌詞を思い出す。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あたたかい 人の情けも 胸をうつ あつい涙も
知らないで 育った僕は みなしごさ 
強ければ それでいいんだ 力さえ有れば いいんだ 
ひねくれて 星をにらんだ 僕なのさ 
ああ だけど そんな僕でも あの子らは 慕ってくれる 
それだから みんなの 幸せいのるのさ
(作詞:木谷梨男)

その昔、アニメ『タイガーマスク』の終わりの歌で、この歌詞を知った。
タイガーマスクは孤児院で育ち、虎の穴から送られたレスラー。
 
最後は、「力さえあればいい」のではないと気づき、自分の育った孤児院を助ける・・・そんなストーリーだった。

いつまで続くのだろう・・。
「強ければ それでいいんだ 力さえ有れば いいんだ カネさえあればいいんだ・・・」

強くて、カネをつかめば、そのカネ目当てに人は大勢集まる。
人気者になった錯覚に陥る。

競争に勝つことが至高の価値とされる世の中って、どこかおかしい。
住みぬくい世の中になったものだ(笑)
 

■『黒部の太陽』と負の遺産

 
 フジテレビが、開局50周年記念として、『黒部の太陽』をドラマ化するという。

 フジテレビによると、半世紀にわたって視聴者とともに歩んできた歴史の証、そして今後も視聴者と共に文化を培っていきたいという放送局としての意思表示となる記念番組を放送すべく『黒部の太陽』の制作を決意したらしい。
「昭和31年、深刻なエネルギー不足に悩まされていた日本を救うため、関西電力は日本最大規模の黒部川第四発電所の建設を決断。その工事は7年の歳月を要し、昭和38年に完成に至るまで、171人の尊い犠牲を余儀なくされた」とダム建設を絶賛している。

たしかに、当時の日本は電力が不足していた。電力開発は悲願であったに違いない。だが、そのダムの建設で、どれだけの貴重な自然が失われたのか、今となっては想像もつかない。
これだけ、環境問題が叫ばれ、自然環境の保全について世界規模で叫ばれているときに、そうした『妖怪』をなぜ、復活させねばならぬのか。腹が立つというよりも、なさけない心境になつてしまつた。

少し前には、梅田芸術劇場で「関電トンネル開通50周年記念 映画公開40周年記念」として、飲酒運転信号無視で捕まった役者と石原プロの役者らで上演されている。

かつて、尾瀬でも電源開発の計画が何度も持ち上がった。
1949年のこと。尾瀬ヶ原を水没させて第貯水池とする商工省(いまの経済産業省)の尾瀬電源開発計画が持ち上がった。この計画に対し、文部、厚生両省の役人5人、民間人25からなる「尾瀬保存期成同盟」が結成された。戦後の復興期、マスコミもこぞって産業振興・電源開発を叫ぶなかのこと。世間の風当たりは冷たいどころではなかったであろう。

当時、マスコミの最高の権威と影響力を持っていたNHK第一放送が電源開発を是認する放送を流し、毎日新聞は「電力かコケの保存か」という社説で電源開発推進を表明、読売新聞は「編集手帳」で「尾瀬沼を湖底に沈めてダムをつくろうとする只見川開発問題に学術上、観光上の立場から文部、厚生両省が反対しているという。われわれの結論を先にいうと、こうするより他に電力五ヶカ年計画の進めようがないならば、尾瀬沼を湖底に沈めるほかはないと考える」と電源開発に賛成した。

だが、お粗末にも、こうした報道でさえ「尾瀬沼」と「尾瀬ヶ原」を混同する程度の認識だったのだ。

当然、黒部もこの時期に計画され、そして、実行された。

現在の黒四ダムがつくられる前の黒部の景観がどのようなものだったか、上廊下、下廊下などから推測するしかないが、もしここにダムができなかったら、黒部の流域は世界に誇れる川になっていたに違いないと思う。

尾瀬ヶ原の水没・ダム建設は見送られたが、黒部にはダムができてしまった。
ダムをつくることと、建設に携わった人間のドラマは違うといわれるかもしれないが、私はそれは方便だと断言する。

黒四ダムは、経済的豊かさを求めた時代の負の遺産である。できれば、このダムを撤去して、本来の黒部川に戻すべきだと考える。

そうした意味で、ダム建設はけっして美化してはいけない。

黒部源流-0613
写真は黒部川源流部、薬師沢出合

■大正池と明神岳

大正1510+

正月元旦の大正池。
焼岳の噴火によってせき止められた梓川は、いつしか観光の名所となり、上高地を代表する風景になった。

古くは神が降りる地という意味で神降地とも神河内ともいわれた上高地。多くの観光客が押し寄せるシーズンを終え、冬は静粛な気を湛えている。

だが、近年は厳冬期さえも騒がしくなった。山岳ガイドに引率された○○旅行のツアーはさながらジジババの団体観光。
積雪量の多い冬はトレースが細く、すれ違うのもたいへんなのに、それが何十人と行列を作る。

*************
創刊間もない日本山岳会機関誌『山岳』(7年3号、1912年)に辻村伊助が「神河内と常念山脈」という一文を寄せている。

上高地はすでに神河内ではなかった。桂、栂、落葉松、ことに思ひ出多い白樺はいつの間にか伐り盡されて、白く冷たい切り株が、僅かに昔を語って居る丈であつた。伐り残された小梨の幹に倚りかかって、しんとした山の空気を振るわせて、地響をさせながら倒されていく森の立木を見つめたとき、かうしなくては生きてゆかれないものかと、腹が立つよりも、なさけない心持になつてしまつた。……かくて神河内は林道が直線に貫かれてから、河童橋が田舎臭い吊橋に変わってから、渡りものの人足が浴場で俗謡をうなるやうになってから、交通が便利になったと云ふ名のもとに、茶代の受取が活字で組まれ、茶碗に温泉の名が焼きつけられ、手拭が間違ひだらけの横文字で染められて、温泉は「上高地」と云ふ名と共にしかく俗了してしまったのである。
……くれぐれも云ふ、神河内ならぬ「上高地」は不快なところである。

槍ヶ岳に登り、日本に近代登山をもたらしたイギリス人ウォルター・ウェストンが帰国後、当時の日本山岳会長・松方三郎がイギリスにウェストンを訪ねた。
ウェストンは松方に「上高地にホテルができたと聞いたが、本当か」と聞いた。
松方が建築の由来などを説明しようとしたとき、ウェストンは窓際に立った。松方が見ると、ウェストンは目にいっぱい涙を浮かべていたという。



2009年1月1日。
雲に隠れて穂高が見えなかった。





247.jpg

山に沈む夕日も



屋久0234



海に沈む夕日も




牛11
大地に沈む夕日も・・・・


なんか、好きなんだよねぇ・・・・・

(北アルプス、屋久島、タイ東北地方)

■またも涸沢へ

涸沢0486+


11月1日、雪の涸沢へ。
なぜか、去年から涸沢にべったりww


雪の穂高を臨むと・・・・・・・


友人の死

友人が自殺した。土曜日の朝、ニュースで流れた。農水省課長が自殺したという原稿の画面には、国会で仕事をしている彼の画像が流れていた。まさか、と思った。名前を聞かなくても、彼だとわかった。

10月1日付けで、国会担当参事官から植物防疫課長に異動したばかり。
従来、植防課長は農業化学なのに、彼は農学の専攻。「植防なんて、意外」と携帯にメールしたら、彼からも「オレも意外だった」と。
 
二十余年のつきあいだった。悪いこともいっぱいやった。よく、酒を飲んだ。一緒にスキーにも行った。
西川きよしみたいなぎょろっとした目。少々のことではくじけそうにない明るい性格。
 
遺書から個人的な悩みだという。まったくわからなかった。

都倉ちゃん・・・バカヤロー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
農水省課長が公務員住宅で自殺

 17日午後3時ごろ、東京都新宿区百人町の公務員住宅で、農林水産省植物防疫課長の都倉祥夫さん(48)が自室内で首をつっているのを同僚が見つけ、119番した。駆け付けた救急隊員が現場で死亡を確認した。

 都倉さんは事故米の不正流通問題を契機に、石破茂農相が若手課長クラスを中心に立ち上げた省改革チームの一員。室内に私的な悩みを記した遺書があり、警視庁新宿署は自殺とみている。

 新宿署によると、都倉さんがこの日朝出勤せず、電話でも連絡が取れないことから同僚が部屋を訪問。玄関ドアは施錠され、チェーンもかかっていたが、不審に感じた同僚が専門業者を呼んでドアを開けたという。

 都倉さんは単身赴任で1人暮らしだった。(共同)

■汚染米騒動に見るジャーナリストのレベルの低さ

汚染米問題で農水次官と大臣が辞任した。
この問題が起きたとき、昭和59年のある出来事を思いだした。
駆け出しの記者時代のこと。「53年産米」という臭素に汚染されたコメが食用として売られたことがあった。
昭和53年、コメは豊作だった。余剰米として確か数十万トンのコメ。常温で保存していたので、夏には臭素で燻蒸(いわゆる農薬をかけて)していた。5回も6回も農薬をかけられて、虫がつかないように保存されたコメ。
それがコメが不作となった昭和59年、ついに売りに出したのだ。赤字を抱える食糧管理特別会計。臨調からも赤字削減を迫られていた。

しかし、そんな汚染米を売ってはいけないと声をあげた消費者団体があった。
しかし、彼女たちの声はマスコミにもほとんど無視された。53年産米を取り上げたのは、当時、知っている限り、ぼくと朝日新聞社しかなかった。

それが・・・だ。
今回のマスコミは、鬼の首とったがごとく、農水や汚染米販売会社を叩く叩くww
農薬汚染といっても、その健康に対する汚染度では53年産米の方がはるかに問題であった。「じたばたしない」と言った太田大臣。あなたはある意味、正しい。
そして、それを転売した食品会社。53年産米という、もっと汚染されたコメをふつうに売ってよかったのだから。

当時、農水省記者クラブに席を置いていた記者は、全員、知っている。
自分たちが53年産米問題を無視してきた責任はどーした?  

(事故米を食用に転用したことはまた別の問題である)
プロフィール

Author:のら・おおかみ
FC2ブログへようこそ!




最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる